AFTER STORY
The Case of Luna
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The Case of Luna
遠くから風に乗って、賑やかな祭り囃子が聞こえてくる。
宗教勢力として歴史あるヴァローナに伝わる、収穫や吉事に奏でる曲だ。
ヒュドラ型の撃退成功。首都エンクラティアの奪還を祝う、大きな宴が開かれているのだろう。
縁側に腰掛けたルーナは、射し込む陽の光に少し目を細めながら、その楽しげな音色に耳を傾けていた。
数十年前、ヒュドラ型の襲撃を受けた本殿を離れ、急遽移り住んだのがこの集落である。
いつか再び、本殿に帰る日が来る。当時を知る年老いた司祭たちは、そう信じて耐え忍んできたのだ。皆、涙を流して歓喜していた。
ヴァローナでは、魔女は神の声を聞く巫女として崇められている。
本殿が奪われる前は、その奥深くから出ることを許されない存在だったそうだ。
記録によると、巫女は四方を壁と結界に囲まれ、外界の脅威から完全に守られた一室で暮らすらしい。
その一室は、巫女が神との対話に向き合う部屋。
光や音を遮断するため、物理的にも、法術的にも、強固な結界が幾重にも施されているという。
……まるで、独房ではないか。
暗く、静かな部屋に一人。
そんな暮らしを想像していると、窓から静かな羽音と共に、手紙を咥えたカラスが入ってきた。
巫女であるルーナの住まう離れに近づけるのは、限られた人間だけだ。
対話の必要ない報告程度であれば、カラスを使った伝書でのやり取りも少なくない。
折りたたまれた紙を開くと、本殿への移動計画が記されている。3日もすれば、本殿にルーナの部屋が出来上がるそうだ。
「この景色も、空も、見納め、ね」
了承したことを記した文を、再びカラスに咥えさせる。
「……今までありがとう。……元気でね」
頭を撫でようと伸ばした手が触れる前に、カラスは颯爽と飛び去ってゆく。
小さくなってゆくその姿を目で追いながら、
ルーナは再び、体に注ぐ陽光と、揺れる木々の音、髪を揺らす僅かな風の、心地よい感触を噛み締めていた。
3日後。その日を境に、ヴァローナの巫女・ルーナが神殿の外を見る機会はただ一つ。
クラッドの襲撃を迎え撃つ、その時だけとなった。
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