AFTER STORY
The Case of Rosette
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The Case of Rosette
ロゼットの父親は、クラッドから皆を守るために戦って死んだ。
守るべきものを守るため、勇敢に戦い、自身の命と引き換えに、多くの民を救う。
ラガルトの民にとって最も名誉とされる、華々しい生き様であった。
身寄りを失い、町の剣術道場で育ったロゼットは、今日も一人、黙々と剣を振る。
純粋な剣術の鍛錬であれば、道場の皆と稽古ができる。師範にも、未だに勝てていない。
しかし、"魔女"としての鍛錬は別だ。魔力を込めた渾身の一振りを受けられる人間など、存在しないのだ。
先の戦いで退けたヒュドラ型は、そこらの野良クラッドとは桁違いに強かった。
アイツはまた必ず、都市を狙いに来る。きっと、今回よりも強くなって——
魔力を変質させ、強大な力を得る禁術"クラック"。
その代償として待ち受ける、記憶の欠落、心身の喪失、そして死。
いまさら命など、惜しくなはない。
父親のように、皆を守って死ねるのであれば、ラガルトの民としては誇らしいことだ。
危険な能力だが、本格的にこの力に頼る日も来るだろう。
……本当にそうだろうか。
クラック状態の、圧倒的に強化される膂力。
身体に溢れる、すべてが思い通りになるような全能感。高揚感。
そして、自在に動く、どす黒い魔力。
自分はあの凶々しい、強大な力を振るうことを……楽しんでしまってはいないだろうか。
思考に沈むロゼットの背中に、ふと強く風が吹いた。
涼やかな朝の空気とともに、米の炊きあがる暖かな薫りが、ロゼットの髪を揺らす。
道場の皆が、ラガルトの町が、今日も朝を迎えたのだ。
ラガルトの魔女は、ロゼットしかいない。
自分が戦えなくなったとき、この国は終わるのだろう。
命は惜しくない。だが、命を懸けるのは、今じゃない。
「潔く散るってのも、難しいもんだな」
舞い散る桜の花弁の下、誰にともなくつぶやいたロゼットは、今日も一人、黙々と剣を振る。
それでも彼女は、孤独ではなかった。
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咲いて散らすは、命か花か